DOLLY
建築実務の世界では、建築と不動産は切っても切れない関係にあります。
しかし、その実情とは裏腹に、建築と不動産の業界やビジネスのあいだには壁があるのも事実です。
これから実務の世界へはばたくことになる建築系の学生が、そのギャップに直面したときに、この本を読んでいることで見える景色は違ってくるのではないでしょうか。
不動産的視点から建築へアプローチするためのヒントが得られる一冊なので、将来、建築業界・不動産業界で働こうと考えている人はぜひ読んでみてください。
なぜ建築学生が不動産を学ぶのか
プロローグの一文目に、この本のテーマが書かれています。
本書『建築学科のための不動産学基礎』の12章を一貫するテーマは、「建築系学科で、なぜ不動産を学ぶ必要があるのか?」という問いに対して、講師と学生が、共に考える、これに尽きます。
建築学科のための不動産学基礎 p.2
問題提起がなされていますが、著者たちのあいだでは「一つの答え」が共有されているように感じました。
それは、不動産的視点を知っておくことが、建築と不動産の二つの領域におけるギャップを埋めるために役立つといいうことです。
建築と不動産のあいだの壁を乗り越えることは、近い将来には大学建築教育でも課題になると予想しており、そのときが来たら使えるテキストとしての役割も期待して、この本は執筆されたようです。
「ギャップを埋める」「壁を乗り越える」という考えは、業界全体としてはとても重要です。
しかし、それより重要なのは、建築にたずさわる個人として「なぜ(建築学生が)不動産を学ぶのか」という問いに対する自分なりの答えを見つけておくことだと思います。
そのための手がかりが見つかるはずなので、ぜひ一度この本を手にとってみてください。
不動産的視点から建築へのアプローチ
この本の構成は、12名の著者(全員が創造系不動産のメンバー)が、それぞれ一つのトピックについて解説するカタチになっています。
- 1章 建築系不動産学概論
- 2章 住宅定量分析概論
- 3章 近現代不動産史概論
- 4章 不動産仲介概論
- 5章 不動産マーケティング概論
- 6章 不動産ファイナンス概論
- 7章 不動産シェアリング概論
- 8章 商業不動産概論
- 9章 不動産再生概論
- 10章 地方不動産概論
- 11章 補論1 デザインとお金の交差点にあるいくつかの知識
- 12章 補論2 経営思考を養ういくつかの視点
各章のタイトルにもあるように、いずれのトピックについても概論が書かれているので、基礎的な知識がある分野については物足りなく感じるかもしれません。
しかし、不動産的視点で建築を考えるという体験をしたことがない人にとっては、最初から最後まで興味を惹かれるはずです。
実際に読んでみて、「5・2 不動産マーケティングの本質」の項目で、実務としての建築業界・不動産業界におけるリアルを考えさせられました。
重要なことは、社会やまちの変化に対して、「提供すべき本当の価値」とは何かを、思考の主軸に置くことです。
建築学科のための不動産学基礎 p.115
この文章に補足すべきだと感じたことは、「クライアントの利益を最大化する」という視点です。
建て主や不動産オーナーの「損をしたくない」というお金に対する不安感が、もっとも建築計画(事業)に対して影響を与えます。
社会やまちに提供する価値を実現させたいと志があればこそ、ファイナンス志向は避けて通れません。
6章の不動産ファイナンス概論をはじめに各章の論考をよく読んで、建築と不動産における「お金」について思いを巡らしておくことは、建築実務にたずさわることになったときにプラスに働くはずです。
将来の仕事を考えるきっかけになる
不動産的視点から建築へのアプローチの仕方(またはそのヒント)が示されているので、建築学だけを学んでいるよりも、視野が広がるはずです。
建築はどちらかというとハードのデザインを武器にしていますが、不動産ではソフトのデザインが求められます。
実務の世界では、建築と不動産の両輪がそれぞれ別個でまわりながら、必要最低限の接点でつながっているのが現状です。
しかし、これからは建築と不動産の融合が求められるようになっていくはずです。
実際のところ、ハード(建築)とソフト(不動産)の両方がデザインされた建築作品が、近年になり評価され始めた傾向にあります。
そのような背景を考えると、建築家になりたいと考えている人にとっても、不動産的視点を学ぶことは必要になるはずです。
また、不動産を取りあつかう立場からでも、建築に深くたずさわることも可能になっていくのではないでしょうか。
建築系の学生が不動産を学ぶことは、将来の仕事やキャリアパスを考えるきっかけにもなると思います。
建築学科ための不動産学基礎
タイトルは「建築学科のための〜」とされていますが、この本は建築を学ぶ人のために書かれています。
学部や学科の名称にとらわれず、建築に関わる勉強をしていれば学びのヒントが得られるはずです。
また、実務を知らないままに建築業界へ足を踏み入れた若手設計者や、不動産的視点で建築の仕事をとらえたことのない建築実務者にとっても参考になる内容が書かれています。
不動産学における様々なテーマのさわりの部分がやさしく書かれているので、この本をきっかけに興味が湧いた分野をさらに学ぶのがよいのではないでしょうか。
高橋寿太郎さんは、この本以外にも出版されている書籍があります。
『建築と不動産のあいだ』は本書との関係も深く、合わせて読むのがおすすめです。
建築業界と不動産業界の現状や課題がよく分かるので、自身の将来のためにも一度は読んでみるのがいいと思います。